京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の筒井優介研究員・後藤慎平教授らの研究グループが、ヒトiPS細胞技術とマルチオミクス解析を駆使し、致死的な難病である特発性肺線維症(IPF)の新たな治療標的を明らかにしました。本研究成果は2026年2月12日付の「Nature Communications」誌に公開されました。
特発性肺線維症(IPF)とはどのような疾患か
特発性肺線維症(IPF)は、肺胞の壁が厚く硬くなり(線維化)、酸素の取り込みが困難になる進行性の難病です。現在、線維化を遅らせる治療薬は存在しますが、病気の進行を完全に止めたり、失われた機能を回復させたりすることは難しく、より根本的な治療法の開発が強く望まれています。
肺の正常な機能を保つためには、ガス交換を担う「I型肺胞上皮細胞(AT1)」と、その補充や保護を担う「II型肺胞上皮細胞(AT2)」のバランスが重要です。IPF患者の肺では、II型肺胞上皮細胞がI型肺胞上皮細胞へ正常に再生するプロセスが破綻し、「肺胞移行細胞状態(ATCS)」という異常な状態で停滞する「修復不全」に陥っていることが近年判明していました。
iPS細胞モデルで「修復不全」の病態を再現
研究グループは、ヒトiPS細胞から作製した肺胞オルガノイド(ミニ肺組織)と線維芽細胞を共培養した病態モデルを構築し、培養皿上でATCSが線維化を誘導するプロセスを精密に再現することに成功しました。これにより、以下の2点が初めて証明されました。
- ATCSが線維化の単なる「結果」ではなく、線維化の「直接的な引き金」になっていること
- ATCSが異常な因子を放出して周囲の線維芽細胞を過剰に刺激し、さらなる線維化を招く悪循環が存在すること
264種類の薬剤スクリーニングで「p300/CBP阻害剤」を発見
構築した病態モデルを用いて264種類の化合物スクリーニングを実施した結果、エピジェネティック制御因子「p300/CBP」の働きを阻害する薬剤(CBP30、GNE781)が、肺胞オルガノイドの収縮(線維化の指標)を有意に抑制することを発見しました。
さらに次世代シーケンシング技術(CUT&Tag法)を用いた詳細な解析により、p300がATCSを引き起こす重要な遺伝子群の「スイッチ(エンハンサー)」に直接結合してオンにし、転写因子AP-1やHNF1Bと協力してII型肺胞上皮細胞からATCSへの異常な変化を指揮する「司令塔」として機能していることが明らかになりました。
「病態をリセットする」新たな治療コンセプト
従来のIPF治療薬は「炎症を抑える」あるいは「線維化の進行を遅らせる」という対症療法的なアプローチでした。今回特定されたp300/CBP阻害剤は、「細胞の分化異常そのものを正常化させる」という全く新しい治療コンセプトを提示するものです。
今後は、p300/CBP阻害剤の有効性と安全性のさらなる検証、最適な投与方法や他の薬剤との併用療法の検討が進むことが期待されます。本研究はiPS細胞技術が難病の創薬スクリーニングに極めて有効であることを実証した重要な実例でもあり、失われた肺の再生を促す革新的な治療法の開発を加速させ、患者さんのQOL向上と根治の実現を目指しています。
本研究は、杏林製薬株式会社、iPS細胞研究基金、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて実施されました。
ソースURL: https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/260213-000000.html






