以下は動画の内容をまとめたものになります。
東京のラジオ局に招かれたのは、車椅子に横たわる一人の女性、篠原美子さん(67歳)でした。彼女は「筋痛性脳脊髄炎(ME/CFS)」という難病と向き合い、約35年にわたり病状に苦しんできました。時に寝たきりに近い状態になるという、過酷な現実を抱えています。
見た目では分からない、深刻な神経の病
筋痛性脳脊髄炎(ME/CFS)は、体の極度の衰弱から始まり、筋力低下、睡眠障害、長期間の微熱などが続く神経系の病気です。特に、脳や自律神経に大きな問題を引き起こすことが分かっています。例えば、自律神経の異常により頭を上げられないほどの苦しさを感じたり、脳の血流が低下して「ブレインフォグ」(急に頭が真っ白になり、集中力や思考力が落ちる状態)が起きたりすることもあります。さらに全身の痛みや消化器の不調など、様々な症状が現れます。
しかし、この病気は見た目では症状が分かりにくいため、周囲からは「単なる怠けではないか」と誤解されがちです。一時的に体調が回復して少し動けるようになった瞬間だけを見られて、「元気そうに見えるのに」と言われ、その後の何週間も続く寝たきりの生活は理解されない、という辛い現実があります。長年にわたり、「疲労の病気」「心因性の病気」といった誤った情報が流布されてきたことも、患者さんを苦しめてきました。
患者を取り巻く過酷な現実
篠原さんのように、少しの動作でも急激に体が衰弱し、回復に時間がかかるのがこの病気の特徴です。そのため、買い物や掃除といった日常の動作一つにもヘルパーさんの介助が欠かせません。体調が安定しないため、食事が摂れない日もあります。
重症の患者さんは、外出が困難なだけでなく、外出時に何日も体調を整える努力をしても、周りからは元気に見えてしまい、病気の深刻さを理解してもらえないという「二重の苦しみ」を抱えています。さらに、診断書を書いてくれる医師が非常に少なく、特に重症で外出できない患者さんは、病院に行くことすらできず、障害者手帳の取得も難しいのが現状です。
日本全国で少なくとも10万人、コロナ禍以降は20万人から30万人もの患者がいる可能性が指摘されていますが、診断が難しいため正確な統計が取りにくい状況です。この病気を専門とする医師も限られており、地方の患者さんは専門医にアクセスすること自体が困難であるという問題も存在します。
病気の原因解明とコロナ禍での変化
長らく、この病気の背景にある異常は不明でした。しかし、近年テクノロジーの進歩により、患者さんの血液を調べるだけで、健康な人とは異なる「免疫系にかなりの異常がある」ことが分かってきました。特に、患者さんの半数以上がウイルス感染後に発症しており、ウイルスを排除する抗体と一緒に、脳や自律神経に障害を与える「変な抗体」が作られてしまうことが分かってきたのです。
この発見は画期的なことであり、まさにコロナ禍のパンデミック以降、世界中でME/CFSを訴える人が急増しました。アメリカではコロナ感染期に通常の10倍から15倍もの患者が発生したという報告もあり、日本国内でもコロナ感染後に体調不良が続く患者が増えたことで、これまでこの病気を知らなかった医師たちも、その深刻さを認識するようになりました。
指定難病認定への長い道のり、そして希望の光
篠原さんは、この病気が「指定難病」に認められることを強く望み、厚生労働省に要望書を提出するなど、長年活動を続けています。指定難病に認定されれば、医療費の自己負担が軽減される可能性があるためです。
しかし、指定難病になるためには、厚生労働省が認める客観的な診断基準が必要であり、そのための研究が不足しています。現在、国からの研究費は年間わずか600万円とされており、これは高度な研究を行うには非常に少ない金額です。約10年以上前に行われた実態調査では、すでに患者の3割が寝たきりに近い重症患者であることが分かっており、患者数が倍増している可能性のある現状を考えると、研究費の大幅な増額が求められています。
厳しい現実がある一方で、患者に希望をもたらす動きも出てきました。昨年末には、山村医師主導のもと、日本でこの病気の「治験」が開始されたのです。この治験では、免疫系の異常、特に抗体を作るB細胞の異常を標的とする医薬品(元々は抗がん剤として使われるもの)が用いられます。この薬は、半年ごとに点滴で投与され、免疫の異常を矯正し、症状をなくすか、安定した状態を保つことを目指します。
まだ治験の初期段階で、費用も高額になることが予想されますが、山村医師は将来的にこの病気が「治る病気になる」ことへの大きな一歩だと述べています。世界中の研究もこの方向に向かっており、海外のトップ大学でも複雑なこの病気の解明が進められています。
私たちにできること
篠原さんは、患者さんの苦しみを少しでも減らすため、「この病気を多くの人に知ってもらうこと」を強く願っています。そして、研究費が不足している現状や、指定難病認定の必要性を広めることも重要だと訴えます。
私たち一人ひとりができることもあります。例えば、オンラインでの署名活動に参加すること。そして、身近にこの病気で苦しんでいる方がいれば、病気を理解し、寄り添うこと。週に一度の買い物代行や、病院への付き添いなど、ささやかな手助けでも、患者さんにとっては大きな支えになります。
ME/CFSは、その症状が見えにくく、誤解されがちな病気ですが、その苦しみは計り知れません。患者さんの言葉に耳を傾け、正しい知識を広めることが、彼らが抱える二重の苦しみを解消し、より良い未来を築くための第一歩となるでしょう。
※一部、当メディア運営団体(NPO法人難病ネットワーク)で監修を担当させていただきました。
