大阪大学大学院医学系研究科の研究チームが、指定難病「全身性強皮症」において、命にかかわる重症例を予測できる免疫細胞の特徴的な「サイン」を発見しました。この画期的な研究成果により、患者さんの重症化予測や新たな治療法開発への道筋が示されました。
全身性強皮症という病気
全身性強皮症は、皮膚や内臓が硬くなる自己免疫疾患で、国内に2万人以上の患者さんがいるとされる指定難病です。この病気の最も困難な点は、患者さんごとに症状が大きく異なることです。命にかかわる重症の腎臓病変や肺病変を生じる患者さんがいる一方で、無治療で長期間安定している患者さんも存在します。そのため、どの患者さんにいつから治療を始めるべきかの判断が非常に困難な疾患でした。
研究チームと手法
研究体制
大阪大学大学院医学系研究科の島上洋さん(博士課程4年)、西出真之講師(呼吸器・免疫内科学)、楢﨑雅司特任教授、熊ノ郷淳総長らの研究グループが中心となって実施しました。
革新的な解析手法
研究チームは、全身性強皮症患者さんの血液や臓器を採取し、1細胞解析という最先端の技術を用いて詳細に調べました。この手法により、これまで見えなかった免疫細胞の特徴的な変化を捉えることができました。
重症化を予測する2つの重要な発見
腎クリーゼの予測サイン
重症の腎臓病変である「腎クリーゼ」を発症した患者さんの血液中では、「EGR1」という遺伝子の発現が上昇した単球が特徴的に増加していることを発見しました。
腎クリーゼとは
- 全身性強皮症患者の1~14%に認められる最も重篤な急性臓器障害
- 第一選択薬を用いても半年死亡率は30%程度と高い
- 救命できても定期的な透析治療が必要となることが多い
進行性間質性肺疾患の予測サイン
進行性間質性肺疾患を発症する患者さんでは、Ⅱ型インターフェロンの刺激を受けたT細胞が血液中で増加し、肺組織に入り込んで病気を進行させていることが明らかになりました。
間質性肺疾患の深刻さ
- 全身性強皮症患者の約半数に認められる
- 全身性強皮症患者さんの死因として最も多い
- 治療選択肢が広がっているものの効果は不十分
病気の進行メカニズムを解明
腎臓での病変形成
EGR1高発現単球は腎臓に入り込み、病的なマクロファージに変化して高度な腎障害を引き起こします。具体的には、これらの細胞から分化した「THBS1」高発現のマクロファージが尿細管周囲に集積し、腎臓を高度に線維化させることで重篤な腎機能障害に関与していることが分かりました。
肺での病変形成
Ⅱ型インターフェロンによって活性化されたCD8陽性T細胞は、CXCR3を高発現して病変肺組織へ積極的に移動する性質を持ち、肺の線維化を進行させていることが明らかになりました。
今後の期待と応用
バイオマーカーとしての活用
今回発見された細胞や遺伝子は、重症臓器病変の発症を予測するバイオマーカーとして活用できる可能性があります。これにより、患者さん一人ひとりに最適な治療選択や治療開始時期の判断が可能になることが期待されます。
新たな治療ターゲット
EGR1やTHBS1といった臓器線維化に関わる分子が、新規治療ターゲットとなる可能性が示されました。特に難治性病態の代表格である腎クリーゼに関して、単球「EGR1」発現は発症予測マーカーとして、また「EGR1」や「THBS1」は新規治療ターゲットとして期待されています。
個別化医療への道筋
この研究成果により、全身性強皮症患者さんの臨床的多様性の根底にある免疫異常の相違が明らかになり、個別化医療の実現に向けた重要な一歩となりました。
国際的な評価
この研究成果は、2025年6月17日に権威ある科学誌「Nature Communications」に掲載されました。国際的な医学界からも高い評価を受けている証拠といえます。
患者さんとご家族への希望
これまで「どの患者さんが重症化するか分からない」という不安を抱えていた全身性強皮症の患者さんとそのご家族にとって、この研究成果は大きな希望となります。重症化の予測が可能になることで、適切なタイミングでの治療開始や、より効果的な治療選択が可能になることが期待されます。
また、新たな治療ターゲットの発見により、従来の治療では効果が不十分だった患者さんに対する新しい治療法の開発も期待されます。
この画期的な研究成果により、全身性強皮症の診断・治療において大きな進展が期待され、患者さんの予後改善と生活の質向上につながることが強く期待されています。
ソースURL: https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2025/20250617_1